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引き寄せる力~みずがめ座新月

「みずがめ座の新月」には、引き寄せる力や新しく物事をスタートさせるパワーがあるそうで、「こんな人に会いたい!」など、頭に思い描いておくといいですよと聞き、なんとなくそのことを心に留めておきました。

 

そして迎えましたこの日、出会いがあったのです。

 

今後の展開や発展があるのか、今の時点ではわかりませんが、確かに、「こういう人と出会えたらいいのにな」という人たちに出会いました。

 

「こんな風になったらいいのにな」ということを、チラッと頭の片隅にでも思い浮かべるだけで、違ってくるのかもしれません。そんなことを感じた「みずがめ座の新月」でした。

 

エネルギーを漏らさない

過ぎ去った出来事のことをあれこれ考えてしまうことがあるかもしれません。

あの時あんなこと言わなければよかった、どうしてこんな風に振る舞えなかったのか、あの人はなぜそんなことをしたのか、、、、等々。

 

どうしようもないことはわかっていても、悶々と考えてしまう経験がある方もいらっしゃることでしょう。

 

しかしこれは、変えれもしない過去のことに大事な自分のエネルギーを使ってしまうことです。つまり、エネルギー漏れをしていることのように思います。

 

ああなればよかった、こうしておけばよかったと思い悩む過去ではあっても、その過去の上に「今」の私たちがいるのです。

 

過去の事を悩んでいるのは「今」。

だったら、「今」にエネルギーを注ぎましょう。

その方がずっともっと明るく楽しくなりそうです。

 

食べるときのこと

生きていく私たちと食べ物は切っても切り離せないものです。

 

「食べているものから体ができている」とはよく聞きますが、ここでもう少し、毎日の生活で気をつけておきたいことを記しておこうと思います。

 

まずは、なるべく自然なものを。

腹八分で。

よく噛んで。

 

私たちの体を作るのですのもの、なるべく自然なものにしたいですね。

 

腹八分でというのは、少食のススメでもあります。最近、どなたか忘れてしまいましたが、獣医の先生が、少食のの方が、満腹のマウスより病気になりにくく長生きしたという報告について記されていたのを目にしました。

 

よく噛んで。というのは、「良く味わって」ということでもあります。「食べる」ということに集中すること、食べ物の感触、味、自分の体の動き、すべてを意識していくことで、ある種の瞑想にもなるそうです。

 

姿勢を正して、美味しいものを少しだけ、たっぷりと味わっていただけるありがたさをかみしめたいものです。

マイナスエネルギーを一掃しよう

窓を開けて空気を入れ替えると気持ちがスッキリします。

寒い冬だって、、、大丈夫!

かの清少納言も「枕草子」で「冬はつとめて(早朝)」と、冬の朝の趣を伝えてくれています。古から今にも通じる日本の早朝、窓を開け放して空気を入れ替えることから始めたいものです。

 

冬は晴れている日は空気がとても澄んでいます。太陽の光もいつもより力強く浸透してくるように感じます。

 

お部屋にも、太陽のエネルギーをたくさん取り込んで、マイナスを一掃してしまいましょう。

本当はどうしたいの?

何がしたいのか、わからない。

何を求めているのか、自分で自分がわからない。

 

そんな時は、具体的にほしいものを想像するといいそうです。

 

例えば、すわり心地のよいソファ。

 

では、どうしてそれがほしいの?

(そのソファで何がしたいの?)

 

と、自分に聞いていきます。

 

うーん、ゆっくり読書をしたいから。

 

どうして読書がしたいの?

(読書によって何がしたいの?)

 

と、聞きます。

 

自分だけのリラックスした空間をもちたい。

つながりたい人とつながりたい。⇒満たされたい。

 

こんな風に、自分にどんどん質問を繰り返すと、最後に自分がどんなふうに感じたいのかが残ると思います。それこそが、自分が求めていることです。

 

実はソファを買わなくても、「自分だけのリラックスした空間」は持てるし、「つながりたい人とつながって満たされる」こともできます。

 

あぁ、そんな感じ・・・と、満たされた状態を感じること自体が引き寄せにもなるそうです。

 

 

 

 

魂の周波数

振動数の話に関係して・・・

 

人間の周波数なるものを、「嬉しいこと」「楽しいこと」「喜び」など、自分がワクワクしたりふわ~と癒されるものに合わせていくと、そういう世界に連れて行ってもらえるそうです。

 

 

「感謝する」ことの前に・・・

ある一つの物事があるとします。

 

それに対して、不平不満を言うことも、イラッとするけどグッと抑えることも、そもそも何も感じないことも、頑張って「勉強のため」と解釈して納得させることもできます。しかし、さらなるレベルアップした場所に「感謝すること」があるようです。

 

「感謝する」技術を磨くためとして、私は、身の回りで起こるさまざまな出来事に対し、自分を叱咤激励しながら、ある意味無理強いしながらも「感謝」の方向に向けようとしていましたが、やはりこれでは何も起こりませんでした。

 

自分自身がじわーっと幸せを感じて、涙があふれるようになった頃に、あらゆることに自然に「感謝」することができるようになりました。そこには何の圧もありません。自分自身が満たされている上での「感謝」は、何とも言えない温かいものを体の奥に感じます。